★ アリスの世界 01  ・・・クロウと時の森


 辺り一面の草原に立っていた。見渡す限り何もない。
 そこに黒いタキシードを着込んだウサギの少年が走ってきた。
「急がなきゃ。遅刻だっっ!!」
 少年はふとアリスに気づき、立ち止まった。
「・・・っと、こんにちは。君がアリスだね。はじめまして、僕は『ウサギ』のクロウ」
 よれよれの古びた服を器用に着こなしていて、当然のように握手を求めてきた。
「そうだ! 丁度いいから君をお茶会に招待しよう!
 さあ、ついておいで。もう、遅刻しそうなんだっ!!」
「え!?」
 アリスがクロウの手を握る前に、クロウはアリスの手を掴むと、いつの間にか出現した小高い丘へと続く、小さな森に向かって走り出した。
「みんな時間に厳しくてね。怒ると怖いんだ」
 クロウは『ウサギ』らしく軽やかに走りながら喋った。
「なぜ、僕の名前を知っていたの?」
 アリスはクロウの話の合い間に、ようやく口を挟んだ。
「? そんなこと?
 だって君が来る事くらいわかってたし、ペンダントをしてるじゃないか。この世界じゃ、君は異物なんだ。みんな知ってるし、そんなみんなとこれから出会う。もちろん『アリス』としてね。
 ・・・もう、そんなこといいじゃないか。楽しもうよ、ほら、もうすぐ着くしさ」
「・・・うん、そうだね」
 そうこう言っているうちに、森の入り口は目前に迫ってきた。
 森の中に入ると、そこは思ったよりも鬱蒼としていて薄暗かった。
「どうしたの? 怖い? 怖かった抱きついてもいいよ?」
 クロウは楽しげに言うが、繋いでいる手さえ離したいと思っているアリスは相手にしなかった。
「それよりも、お茶会に間に合うように急がなくてもいいの?」
 はしゃいで、咲いている花なんかをアリスに教えていたクロウは、雰囲気が台無しだとばかりに、恨めしげにアリスを見た。
「・・・大丈夫だよ。ここは『時の森』っていって、時間が歪んでいるからね。
 いつも、ぎりぎりでお茶会に間に合うようになってるんだ」
「へぇ・・・、そうだったんだ」
「そうそう。だから楽しんで行こう、ね?」
「うん、でも・・・」
「まだ何かあるの?」
「じゃあ、なんで草原であんなに急いでいたの?」
「ああ、それはね、丘の上からみんなが見てるからさ。遅れないように努力しないと文句を言われる。すごくうるさいんだ」
「ふぅ〜ん・・・」
「はい! じゃあ、もう、ここまで! もう、聞きたいこともないでしょ!?
 君に特別にいいことを教えてあげるよ!! ここにはね、喋る花がたくさん咲いているんだ。でも、もし、ここで迷っても花の言う事なんか聞いちゃダメだよ?
 奴らはカワイイ女の子には、ひどい嘘をつくんだからっ!!」
 質問はもうお終いと言わんばかりにクロウは声を張り上げた。
「ふぅ〜〜ん・・・」
 アリスは別に可愛いオンナノコじゃないからいいか、と聞き流した。
「・・・。なんっか、やりずらいなぁ・・・。
 今までにいなかったタイプだし。反応も薄いし・・・」
「ああ、クロウ。もう、そろそろお茶会に行きたいんだけど・・・?」
 接客係としての自信を失いかけていたクロウに、アリスはトドメを刺してしまった。
「うう・・・。そんなに僕と居るのがつまらないかな・・・?
 わかった、わかりました!! おとなしく案内役に徹しますよっっ!!」
 見るからにヤケクソだったので、アリスは反射的に慰めかけた。
「えっと・・・。そんなことないよ、ただちょっと・・・」
 クロウの下がり気味の肩にそっと手をのせて、アリスが上手くない慰めを口にしようとした時、
「えっ? そう? 僕の勘違い!?
 ああ、よかった・・・。ここで君とある程度の関係を作っておかなきゃ後々面倒な事になる所だった・・・」
「ああ、それって何かイベントに関係あるやつ?」
「もっちろん! とっても重要なのにね!!
 ・・・実は、これは共通イベントなんだ。でも、君は思い通りにならなくて・・・。雰囲気も何もないけど、我慢してね・・・」
 そう言うと、クロウは軽く頬に手を添え、フワリと口付けてきた。
「!!」
 アリスは咄嗟のことで避ける事もできず、それをまともに受けてしまった。
「・・・あ、あの、アリス? その、ごめん。本当にごめんね・・・? でも、本物じゃないから、夢みたいなものだから・・・」
 口を押さえて呆然としているアリスを見て、クロウは焦り、驚いていた。
 いつもなら、頬を赤くしてはにかみながら、嬉しそうに見つめられる場面なのに・・・。どうして、上手くいかないのだろう。
 クロウは、銀髪で整った容貌をしていて愛嬌もある、間違っても嫌われない完璧な好青年である。それなのに。
 なんで、上手くいかないんだろう・・・?
 いろいろとショックを受けて項垂れていると、
「クロウ・・・」
 アリスが下を向いたまま、小さく呟いた。「あのね・・・」と言い難そうに。
「僕、男なんだけど・・・」
 衝撃の、一言。
「・・・」
 そして一瞬の間。
「ええっ!? うそっ!! そんな馬鹿なっ!!」
 ありえない、とクロウは叫んだ。
「でも、僕、本当に男、なんだけど・・・」
 クロウの反応に、なんだかすごく情けなくなってしまって、潤んだ目を半分諦めるように閉じたアリスが顔を上げた。
「だって、なんで!? このアトラクションは女の子限定なのにっ・・・!?」
「えっ!?」
 初耳だとアリスはクロウを見た。
「知らなかったの!?」
 クロウはさらに驚き、アリスは不安になってきた。
「そんなこと、全然聞いてないよ・・・」
 自信なさげに、おずおずとアリスが言うと、クロウは吠えるように言った。
「張り紙!! 張り紙見なかったのっ!?」
「知らない、そんなのなかったよ・・・」
「受付は!?」
「普通に通してくれた・・・」
「はあ!? 本当に・・・っと、あのその・・・ごめん・・・。大丈夫・・・?」
 怒鳴り合いの中、どんどん不安に、心細くなっていったアリスは、泣き出しそうに目に涙を溜めて、口を噛み締めていた。
「大、丈、夫・・・だよ」
「・・・とても、そうは見えないけどね」
「・・・。・・・・・・ッ!!」
 アリスは声さえも噛み殺し、俯いた。肩が微かに震えている。
 クロウは何も言わず、アリスをさらうように抱きしめた。アリスは初め抵抗するかのように体を硬く強張らせていたが、堪えきれず、クロウに強くしがみ付いた。
「いいから・・・。不安にさせてごめん。思いっきり泣いても、いいからね・・・?」
 クロウの声は、どこまでも甘く響いた・・・。 



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